窓の外をぼんやり見ていると、ふと不意に遠い日の記憶がよみがえる
忘れえぬ情景 だれしもあるはずの記憶 魂に刻まれたメモリー・・・

俺は幼少の頃、団地近くの平屋のボロ家に家族3人で住んでいた
友達はいたようだが、俺の一番の友達は犬のエルだった
彼は中型の雑種犬で、白と茶色が混じった色をしていたと思う
すごく頭のいい犬で、人間の言ってることがよく理解できていたらしい
これは駄目とか、これはいいとかこちらが言うと
じっと見て、そしてちゃんと理解した顔をしていたという

親は冗談で、俺をちゃんとみていてねと頼んだことがあり、そうするとエルは
俺の周りで番兵のようにたってずっと周囲を見張っていたいう逸話もある

なにしろ俺はいつも彼といっしょにいた
親が俺が見えなくなるとまず庭先にある犬小屋を見に行っていた
見に行くと犬小屋の外に困った顔をしたエルが座っていたという
犬小屋の中を覗くと熟睡してる俺がいるっていうのがお決まりだった

残念ながら俺自身の記憶は定かではない
まあ親がいうのだから間違いではないのだろう
俺の記憶にはなんかふわふわとしたあったかい感じがあるだけだ
3歳になるまではずっとこんな日常
暖かい陽だまりのような時代

突然、父親の実家にもどることになった。俺が3歳のことである
もちろん、エルもいっしょである
都会から随分田舎に引越しになってまわりは山ばかりだった。
子供だったからなにも考えず遊んでいたと思う
おれの実家での一番古く、そして忘れられない記憶はここからはじまる。

突然、エルが死んでしまったのだ
親父がいうにはフィラリアという寄生虫の病気で、心臓に虫がわいて
血管が詰まって死んでしまう病気だった
子供だった俺は、病名なんか聞いても理解できず、
ただ大好きだった友達がいなくなったという感情だけしかなかった
親父に聞くと随分まえに発症して薬でおさえたのがきかなったようだと・・

「親父だ エルを殺したのは親父だ」と、俺は泣き叫んでいた

ずっとずっと・・・

エルの葬式。薄暗い雨の日 重い雲に押しつぶされそうな空の下 
彼は一輪車に乗せられてすこし離れたうちの山の畑に埋められることになった 
しとしと降る雨のなか、遠くに雨合羽をきた親の姿が映る 
ゆっくりと一輪車をおして山に向かう姿 

俺の目から流れるは、景色を歪ませ、天からの雨と同じく地を潤す
大事な何かを失った想いは、淋しいのではない
ただ、ただ悲しく切ないんだってことを、小さい俺はワカラナイなりに感じていた

いつまでも親父とエルの姿が消えていかない
俺の目にはあのときの風景が焼きついいる
モノトーンで雨模様の薄暗い静かな情景

それが俺の悲しく、そして忘れえぬ記憶のヒトコマ


2002/09/23(Mon)